大判例

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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2162号 判決 1976年8月31日

控訴人

小沼明

外一名

右両名訴訟代理人

大貫正一

外二名

右三名訴訟代理人

鈴木正義

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一本件家屋がもと君島俊男の所有であつたこと、控訴人小沼明が右君島俊男から本件家屋を賃借し現在までこれを使用していること 君島俊男が昭和四四年一二月二七日死亡しその妻と子である被控訴人らが相続により同人の権利義務の一切を承継したことは、当事者間に争いがない。

二<証拠>によると、君島俊男は、昭和三四年一月、控訴人小沼明に対し、俊男の実兄君島金一立会いのうえで 口頭で、本件家屋を 賃料一か月金三万円 貸主において必要が生じ本件家屋の明渡しを求めたときは借主は直ちにこれを明渡す約で賃貸したこと、俊男は昭和三八年四月ごろから控訴人小沼明に対し、直接あるいは弁護士大島清七を通じ、右賃貸借契約につき解約を申し入れ、同年末までに明け渡すよう求めた事実が認められる。被控訴人らは本件家屋の賃料は当初月額四万円と主張するところ、<証拠>中賃料額に関する部分は前掲各証拠に照らして措信できないし 他に被控訴人らのこの点を認めるに足る証拠はない。また、控訴人らは右の認定に反し、右賃貸借における賃料の額は 控訴人小沼明が本件家屋で劇場興行を行ないその興業利益の半分の約であつたと主張し、<証拠>中には右の控訴人らの主張に沿う部分があるけれども前掲各証拠に照らして措信できないし、<証拠>をもつてしてもこれを認むるに足らず、<証拠>中には右賃貸借の家賃の領収の記載があり、その記載によると、昭和三五年八月分から昭和三八年一月分まで一か月金一万五〇〇〇円の範囲内で各月分を不規則に分割して支払つた事実が認められるけれども、賃貸借成立の昭和三四年一月分から昭和三五年七月分まで家賃については記載がなく、<証拠>によると、右の期間の家賃の支払いについては乙第三号証に当初記載されてあつたが後にこの記載された部分が破り棄てられた事実が認められるのであつて、同号証に各月分の家賃の支払いにつき一か月金一万五〇〇〇円の範囲内で記載されているからといつて本件家屋の賃料が当初から一か月金一万五〇〇〇円であつたこと及び本件家屋の賃料が興業利益の半分であつたとする証拠とすることはできないし、そのほか前記認定を覆えし控訴人らの右の主張を認めるに足る証拠はないので、右の控訴人らの主張は採用できない。

三被控訴人らは、右の解約申入れについては正当な事由があると主張するところ、<証拠>をあわせ考えると、次の事実が認められる。

(1)  本件家屋は昭和二五年二月その隣接する旅館常盤家を経営する君島俊男の長兄君島金一がその父君島金一郎の所有する栃木県塩谷郡塩原町大字下塩原六九二番地の一宅地四八坪五合地上に映画館として建築したものであるが、税務対策上右俊男の所有とし、いずれは金一の所有に戻すこととしていたものであるところ、俊男はその建築直後本件家屋を中尾松一に貸与し、中尾はこれを映画館経営のために使用し、賃料は上映フイルムに応じて利益を折半ないしは貸主四分借主六分の割合と定めていたがテレビ等の普及により上映のたびに欠損が生じ利益の分配による賃料の支払いもできなくなつたので、中尾は昭和三四年初めごろにはこれを貸主に返還したところ、控訴人小沼明はこれを知り、俊男に対しその賃借方を申し入れたところ、俊男は本件家屋をいずれは金一に返還する必要があつたところから、金一を交えて俊男と同控訴人がその賃貸借につき話合い、特に賃貸借の期間を定めないで、貸主俊男に必要が生じ本件家屋の明渡しを求めたときは借主である同控訴人は直ちにこれを明け渡す約定を付して賃貸した。これより前後して金一の経営する前記旅館においては自動車を駐車させる場所が狭く、その営業上、旅客その他のための自動車の駐車場を必要としていたところ、本件家屋を俊男が賃貸した後、同人らの父金一郎が死亡し、本件家屋の敷地は金一が相続により取得するところとなり、金一と俊男との間において右の相続に関連して諸種の紛議が生じ、本件家屋の敷地に対する使用権限も明確に定められていなかつたこともあつて、金一においては前記のように本件家屋はいずれ俊男から返還を受くべきものであり、その敷地も自己の所有で旅館経営のため右敷地を自動車の駐車場に使用する必要もあつたことから、この際俊男との本件家屋に関する関係を明確にするため、昭和三五年九月二三日俊男との間で、俊男は三年後の昭和三八年九月二二日までに本件家屋及びその敷地を金一に明け渡し、その代りに金一は俊男に金五〇万円を支払う契約を締結して、俊男は金一に本件家屋を返還することとした。その後、塩原温泉への旅客の自動車の利用化はますます進み、同旅館にバスを駐車させる場所もなく、その前の道路上はバスの駐車は禁止されていて、同旅館の来客のためのバス及び乗用車の設備は、旅館経営上必須のものとなつてきたし、また俊男において金一に約した明渡期限も到来しているので、被控訴人らにおいて本件家屋及びその敷地を金一に明け渡さなければならない事情にある。金一の経営する前記旅館は俊男の実家であり、母フヨも右旅館に居住し、俊男及びその家族(本件被控訴人ら)は別に住居を有しているが、俊男の妻控訴人君島スミは俊男の生前から一日中同旅館業の手伝いをして生計をたてている。俊男は本件家屋賃貸後控訴人小沼明から家賃として当初の二、三か月は約定の金三万円あてを受領したが、その後は同控訴人は一方的に一か月あたり金一万五〇〇〇万円を不規則に分割して支払つてきたので、これを持参した控訴人小沼六男に文句をいうと、同控訴人は威勢を示してその受領方を強要したのでやむなくその支払われるままに賃料を受領してきた。また、控訴人小沼六男は、前記旅館の浴場に一方的に入浴をはじめ、些細なことで同旅館の番頭と口論しこれに暴行を加えたり、旅館玄関前に自動車を勝手に駐車させ、これに文句をいうと大声を上げて威勢を示して駐車を強行しその後これにつきいざこざが断えず、同旅館の営業にも差し支えが生ずることもあつた。

(2)  控訴人小沼明は那須郡西那須町の居宅に居住し、本件家屋を賃借後弟の控訴人小沼六男を使用して、本件家屋で行う経営の一部を任かせており、バーなどを経営して他に収入源があり、本件家屋における営業をやめても生活に困ることはない。貸借当初は映画上映を行なつたが収益があがらなかつたので、昭和三七年六月ごろ、無断で本件家屋をストリツプ劇場用に改造してその営業内容を変更した。控訴人小沼六男は本件家屋の附近に居住し、控訴人小沼明の使用人として右の営業に従事しているもので、本件家屋に対する控訴人小沼明の占有補助者の立場にあり、同控訴人から本件家屋の転借を受けているものではない。

以上の事実が認められ<る。>右の事実によると、俊男は本件家屋を賃貸した後に金一に対し三年後に本件家屋及びその敷地を返還する旨の契約を締結しているけれども、これが明渡契約はもともと俊男が金一に返還すべき本件家屋につきその時期を明確にしたものにすぎず、また賃貸借の約定として借主は貸主の要求あり次第直ちに本件家屋を明け渡す旨を定めているが、借家法の適用を受くべき本件家屋賃貸借の約定としては借主に不利な特約として効力を生じないものではあり、貸主としては借主において賃貸借を継続することができないような信頼関係が破壊されない以上、真に必要のないかぎり明渡しを求めず、また借主としてはこのことを信頼して右の約定に同意したものと認めざるを得ないが、他方において、このような約定がなされたのは俊男において金一に本件家屋を返還する立場にあつたためであり、本件賃貸借契約を締結するにあたり金一を交えて話し合つていることはこの間の事情を物語るものであり、右約定の存在は正当事由の有無の判断に全く無関係なものとはいいがたいものというべきである。ところで被控訴人らの解約申入れの正当事由として主張するところは賃貸人が自ら使用する必要とする場合の典型的なものに該当しないが、前段認定のとおり貸主たる俊男において本件家屋及びその敷地を金一に返還しなければならず、この金一と俊男間の関係は本件賃貸借の際控訴人小沼明において充分これを承知の上本件家屋を借受けたこと、また金一においてその経営する旅館の駐車場として本件家屋の敷地を必要とすること、借主においてその使用人として賃貸借契約上の義務の履行を補助する立場にある控訴人小沼六男の諸種の信頼関係を破壊するに足る行為があること、しかも控訴人小沼明において控訴人小沼六男の右行為を放置していることなど賃貸人においてもはや賃貸借契約を継続することができない事情と前段認定のように借主である控訴人小沼明において本件家屋における営業をやめても他にバーの経営もあつて生活には困らないが同控訴人は弟の控訴人小沼六男を使用して本件家屋でストリツプ劇場を経営している事情をそれぞれ彼此比較考量すると、俊男のなした右の解約申入れには正当な事由があるものというべく、本件家屋に関する賃貸借契約は昭和三八年一二月三一日かぎり終了したものというべきである。なお、前掲乙第三号証によると、昭和三九年一月分の賃料として合計金一万五〇〇〇円を受領した旨の記載があるけれども、これにより右の解約申入れを撤回したものと認むべき証拠はないから、乙第三号証は右の認定の妨げとなるものではない。

四控訴人小沼明の同時履行の抗弁について、その主張の(ハ)利益の補償及び(九)従業員一〇名の解散手当は借家法五条にいう造作に該当しないし、そのほか(一)ないし(七)の造作について賃貸人の同意があつたと主張し、<証拠>にはこれが主張に沿う部分があるけれども<証拠>に照して措信できないし、他に右の同意のあつたことを認めるに足る証拠もないので、控訴人小沼明の同時履行の抗弁は採用できない。

五右によると、被控訴人らに対し、控訴人小沼明は本件家屋を明け渡し、昭和三九年二月一日から右明渡済みまで前段認定の一か月金三万円の割合による賃料相当額の範囲内である一か月金一万五〇〇〇円(被控訴人一人当り金五〇〇〇円)の割合による損害金を支払う義務があり、控訴人小沼六男は本件家屋から退去する義務がある。

したがつて、被控訴人らの本訴請求を右の限度で認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却し、控訴費用は敗訴の当事者である控訴人らに負担させることとして、主文のように判決する。

(菅野啓蔵 舘忠彦 安井章)

別紙  物件目録<省略>

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